見どころ

美しい散り際を見せる秀吉遺愛の散り椿

2016-03-25

1本の木が赤や白、薄桃や絞りに咲き分け、花弁がひとひらずつ散る様が見る者を魅了する五色八重散椿。加藤清正が朝鮮から持ち帰り、秀吉に献上した椿の花を愛でてみませんか。

行基作と伝わるお地蔵様がおわす寺

椿寺と呼び親しまれる地蔵院は、神亀3年(726)に行基が聖武天皇の勅願により、摂津国に建立したのが始まりと言われます。その後平安時代に京都の衣笠山麓に移り、室町初期に戦乱で焼失したものを足利義満が再建。豊臣秀吉の命で現在地に移ったと伝わっています。

 

椿寺1
正式には昆陽山地蔵院という、浄土宗の寺院だ。門前には「お寺はおまいりする所まず合掌」という張り紙が。マナーを守ってお参りしよう。

 

 

椿寺2
地蔵堂に安置される地蔵菩薩像は行基の作と伝わる。安産祈願の霊験あらたかで、俗に鍬形(くわがた)地蔵、木納屋(このや)の地蔵とも呼ばれる。

 

 

芸術家にも愛された椿の名樹

加藤清正は朝鮮出兵の折に五色八重散椿を持ち帰り、豊臣秀吉に献上しました。秀吉が北野大茶会の縁で地蔵院に献木し、その後長く名椿として愛されてきました。昭和58年に樹齢約400年の初代が枯死し、現在は枝分けした樹齢約120年の二世が寺の春を彩っています。

 

椿寺3
正岡子規が「椿寺の椿の花は散りてこそ」と詠み、速水御舟が屏風絵「名樹散椿」に描いた五色八重散椿。土門拳も被写体に選んだ。

 

 

椿寺4
はらはらと散り敷く椿の花弁と苔のコントラストが美しい。

 

 

椿寺5
例年3月中旬から4月上旬に開花する。2016年は暖冬の影響で2月から咲き始め、平年より早く見頃を迎えた。

 

 

討ち入りの陰の功労者が眠る椿寺

赤穂浪士の討ち入りを支援したとされる、堺の商人・天野屋利兵衛は、晩年を地蔵院で過ごしました。境内には利兵衛の墓があり、12月14日のみ公開される木像が安置されています。墓のそばの中庭にも五色八重散椿の二世が植えられ、菩提を弔うかのように花をつけます。

 

椿寺6
地蔵院に隠棲した利兵衛は剃髪し、義士の冥福を祈り続けたと伝わる。

 

 

椿寺7
中庭には樹齢約30~40年の散椿が多数咲いている。境内には与謝蕪村の師である夜半亭宋阿の墓や、珍しいキリシタンの墓も。礼節を守ってお参りしたい。

 

地蔵院(椿寺)
寺社名 地蔵院(椿寺)
住所 京都市北区大将軍川端町2
電話番号 075-461-1263
URL http://jizouin.exblog.jp/

この記事を書いた人

にっしー
音楽と文学をこよなく愛する関西人。母なる琵琶湖のほとりで生まれ育ち、京都に移り住んで十数年。バス停で困っている修学旅行生に道案内をするのが趣味。