見どころ

愛宕山に登って火伏せの神様にお参りしよう

2016-07-29

7月31日は、愛宕神社の千日詣り。31日夜から1日早朝までの間にお参りすれば、千日分のご利益があると言われています。この愛宕神社がまつられる愛宕山はどんな山なのでしょうか。

東の比叡山、西の愛宕山

京都の東から西へ連なる山並みをぐるりと見渡せば、東に比叡山、西に愛宕山がそびえています。「高さ比べをして比叡山と愛宕山が大喧嘩。比叡山が愛宕山をぽかりとぶったので、こぶができた分、愛宕山が高くなった」という昔話がある、京都の人々に親しまれている山です。

 

愛宕山 - 愛宕神社
山の“こぶ”の部分に鎮座する愛宕神社。

 

 

京都の台所に欠かせない「火廼要慎」のお札

昔からのしきたりを守る京都の家の台所には、「火廼要慎」と書かれたお札が貼られています。愛宕神社は火伏の神様。3歳までに登ると、一生火難に遭わないという言い伝えがあり、千日詣りでは小さな子を背負って登る親の姿が。伝統を重んじる京都人の心を感じる光景です。

 

愛宕神社 - お札
「伊勢へ七度 熊野へ三度 愛宕さまへは月参り」。各地で愛宕講が組織されるなど、愛宕信仰は民衆に広く浸透した。参拝者は火伏のお札を受けて帰る。

 

 

1300年を超す歴史を持つ信仰の山

飛鳥時代末、修験道の祖・役行者が加賀白山の開祖・泰澄と共に神廟を建立。その後、和気清麻呂が白雲寺を建立し、愛宕大権現として国家鎮護の道場としました。明治の神仏分離令で白雲寺は廃され、愛宕神社として存続。愛宕山は今も変わらず霊山として崇められ続けています。

 

愛宕山1
神仏習合の時代には、本殿に本地仏である将軍地蔵、奥の院には愛宕山の天狗・太郎坊が祀られた。参道にそびえる黒門が、白雲寺の面影をとどめている。

 

 

愛宕山2
かつて本殿に祀られていた将軍地蔵は武運の神。明智光秀が本能寺に攻め入る前に、愛宕山に参詣し、愛宕百韻と呼ばれる連歌の会を催したことで知られる。

 

 

落語にも登場する愛宕参詣

落語の演目に、その名もずばり「愛宕山」というものがあります。京都の旦那と大阪の幇間(ほうかん)がピクニックがてら愛宕山に参詣する話で、かわらけ投げに興ずる様子が生き生きと描かれています。今は茶屋もなくかわらけ投げも行われていませんが、その跡地には案内板が建てられています。

 

愛宕山3
かわらけ投げは、素焼きの器に願をかけ、谷底の的に向かって投げる遊び。

 

 

愛宕山4
眼下に京の町を見下ろしながらかわらけを投げるのは爽快だったに違いない。

 

 

見所いっぱいの参道を歩く

愛宕神社の参道は、清滝の二の鳥居から約4キロの山道。参道沿いには距離を示す丁石が立っています。茶屋の跡や壺割り坂、火燧権現跡(ひうちごんげんあと)、大杉大神のお社など、見所もたくさん。ハイキングコースとしても人気ですが、遭難者も出ることがある山。登山に適した服装で、無理のない計画を立てて登りましょう。

 

愛宕山5
一の鳥居から50丁の参道の、25丁目にあった茶屋「なかや」跡。

 

 

愛宕山6
参道に立つ丁石。このほかに消防団による、救助要請時の目安に使う立て札で距離を知ることができる。

 

 

愛宕山7
17丁目の火燧権現跡。かつては朱塗りの社が建ち、火の神である火産霊命(ほむすびのみこと)を祀っていた。今は石碑が残るのみだ。

 

愛宕神社
寺社名 愛宕神社
住所 京都市右京区嵯峨愛宕町1
電話番号 075-861-0658
URL http://atagojinjya.jp/

この記事を書いた人

にっしー
音楽と文学をこよなく愛する関西人。母なる琵琶湖のほとりで生まれ育ち、京都に移り住んで十数年。バス停で困っている修学旅行生に道案内をするのが趣味。