見どころ

神泉苑の山茶花と、願いが叶う橋

2016-12-28

雨乞いのために舞う静御前を、源義経が見初めたと伝えられる恋の聖地。二条城の南隣にある神泉苑は、桜やツツジなど花の名所として知られ、初冬は山茶花が境内を彩ります。

平安京が造られた当時の、唯一の遺跡

794年の平安京遷都にあたって、大内裏の南にあった池や周辺の自然を取り入れて造られた禁苑(天皇御遊のための庭園)。清らかな泉が常に湧くことから「神泉苑」と名づけられました。当時、南北は二条から三条まで約400メートル、東西は大宮から壬生大路まで約200メートルという広大な庭園でした。

 

神泉苑 - 法成橋と山茶花

 

平安時代初期の天皇たちは、神泉苑の池に舟を浮かべて管弦の遊びを楽しみました。奈良時代には「花」といえば中国から伝来した梅のことでしたが、812年に嵯峨天皇が神泉苑で催した「花宴」では桜を鑑賞。その様子は『続日本紀』に記され、記録に残る最初の(桜の)花見とされています。

 

神泉苑 - 法成就池と舟
「御池通」の由来といわれる法成就池と、龍頭鷁首(げきす)の舟。「鷁(げき)」は鵜に似た想像上の動物で、風に耐えてよく飛ぶという。水を支配する龍とともに、水難除けとして舟首に飾られた。

 

 

雨乞いや、祇園祭のルーツ「御霊会」が行われた祈りの場

824年に全国で大干ばつが起こり、東寺の空海と西寺の守敏が神泉苑で祈祷を行いました。空海は、祈祷によって北インドから善女龍王という龍神を呼び寄せ、豪雨をもたらして人々を救ったと『古事記』や『今昔物語』に記されています。

 

神泉苑 - 法成橋と山茶花2
空海の法力が成就したことにちなんだ「法成就池」。本堂と善女龍王を結ぶのは、朱塗りの「法成橋」。願いをひとつだけ念じて橋を渡り、善女龍王にお参りすれば成就するという。

 

このときから神泉苑の池には善女龍王が住むといわれ、神泉苑は祈雨の場としても知られる存在に。歌人として名高い小野小町も、神泉苑で雨乞いの歌を奉納しました。

ことはりや 日の本ならば照りもせめ さしとてはまた 天か下とは
(ものの道理から、この国は「日の本」なのですから日照りになっても仕方がありません。
そうはいっても「天の下」とも言うのですから、雨を降らせていただけないでしょうか)

 

神泉苑 - 橋と灯籠

 

863年、疫病が流行したため怨霊を鎮める「御霊会」が神泉苑で行われ、盛大な読経や舞楽を奉納。のちに鉾に飾りを施して京の都を練り歩く祇園祭へと発展しました。

 

神泉苑 - 椿
神泉苑平八の傍らには白椿も咲いていた。

 

室町時代に書かれた「義経記」によると、後白河法皇は神泉苑で100人の僧に雨乞いの読経をさせ、100人の美しい白拍子に舞わせました。最後に静御前が舞うと3日間雨が降り続き、静は法皇から「日本一」の宣旨を賜りました。このとき源義経が静を見初めたと伝えられています。

 

 

つねに恵方を向いて、開運をつかさどる「歳徳神」

武士の時代になり、朝廷の力が弱まるとともに神泉苑は荒廃。1602年、神泉苑の御池を利用して二条城の内濠が造営され、庭園は大幅に縮小されてしまいました。

 

神泉苑 - 句碑
江戸時代中期の俳人、与謝蕪村の句碑「名月や神泉苑の魚おどる」

 

 

神泉苑 - 北門
神泉苑は「東寺真言宗」のお寺。

 

 

神泉苑 - 大鳥居
御池通側には、大鳥居がある。境内には、善女龍王社や歳徳神(さいとくじん)などの神様と、聖観音菩薩や不動明王などの仏様がともに祀られ、法成橋がその間をつなぐ。

 

善女龍王社の傍に祀られる「歳徳神(さいとくじん)」は、その年の恵方に向きを変えて祀る、日本で唯一の社。12月31日の夜、住職による祈祷のあと歳徳神の恵方廻し(方違え式)があります。方違えをしたばかりの恵方社へお参りして、福を授かりましょう。

 

神泉苑 - 歳徳神
平成29年の十干(じっかん)は丁(ひのと)で、恵方は亥子の間(北北西)。
神泉苑
寺社名 神泉苑
住所 京都市中京区御池通神泉苑町東入る門前町166
電話番号 075-821-1466
URL http://www.shinsenen.org/