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東洞院通蛸薬師

町名表示板

京都の地理は、「わかりやすい」という人と、「わかりにくい」という人に分かれるようです。

たとえば住所の表し方。弊社の位置を説明するなら、「六角通室町東入ル北側」がベスト。「中京区骨屋町143」では、年季の入ったタクシーの運転手さんでもたどりつけないでしょう。通りを使って所在地を表現するこの方法は、通りの名前を覚えていることと東西南北を把握していることが大前提。初めての人に「わかりにくい」ようにイケズしてるわけではありません。

東洞院蛸薬師
また、碁盤の目状の道路は、だいたいの行き先がわかっていれば、どこをどう曲がってもたどりつけるから楽チン、と京都の人間は思っていますが、慣れない人には「どこの角も直角で方向がわからなくなる」となります。こんな時に頼りになるのが、町家の壁にとりつけられた細長い「町名表示板」。これを見れば、そこが何通りでどの交差点(辻)に近いのかがわかるというわけです。

この町名表示板は、企業などが設置したいわば広告。よく見れば、住所の下に「フジイダイマル」(明治三年創業の老舗百貨店)、「英勲」(おいしい伏見のお酒)など、企業名が入っています。中でも人気で町名表示板の代名詞とも言えるのが、琺瑯製の仁丹の看板。雰囲気ある筆文字に時折旧漢字が混じり、大礼服姿のおじさんとあわせて、京都の町家にしっくりなじんでいます。

小川三條上ル
この仁丹看板のもう一つのポイントは、設置が大正末から昭和初期ということで、現在の区制とは表記が若干異なること。現在の中京区のエリア内のものは「上京區」か「下京區」に、左京区にあるものも基本的には「上京區」、東山区は「下京區」になっていて、京都市の変遷を感じられます。

押小路小川西入
ところが最近、「中京区」表示の仁丹看板が現れました。かつて仁丹看板を設置したのは、大阪に本社のある森下仁丹さん。

仁丹製の町名表示板は大阪、名古屋、東京などにも設置されたそうですが、その多くは戦災で失われたとか。数多く残る京都でも、近年、町家が消えていくのとともに琺瑯看板も失われつつあり、それを惜しむ声を受けて、森下仁丹さんが新たに設置を決められたのです。「復刻」ではないので、「中京区」は「中京区」に、「区」も新字体で、左から右に書かれています。ここが、「レトロ」を好まない京都人気質でしょうか。

三条通新町西入
看板一枚にも、何気なく長い歴史を隠しているのが京都のおもしろいところ。町中散策の折には、家々の壁を眺めて町名表示板を探してみてくださいね。
(合)