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東華菜館EC

ヴォーリズ唯一のレストラン建築、東華菜館で北京料理を優雅に楽しむ

四条大橋界隈でもひときわ目を惹く西洋建築、東華菜館。スパニッシュバロック様式の重厚な装飾に彩られた老舗北京料理店を訪れました。

大正15年当時の姿をほぼ維持している建物

明治維新で大きく衰退した京都は、都市としての再生をかけてダイナミックに近代化を進めます。日本最初の水力発電所や市電、そして西洋の様式を取り入れた建物が多く建てられました。戦火をまぬがれた近代建築の多くは、今日まで大切に保存されています。

東華菜館 - 外観 全体
日本で数多くの西洋建築を手がけたウィリアム・メレル・ヴォーリズによって、1926年(大正15年)に建てられた。

東華菜館 - エントランス上部 浮彫2

東華菜館 - エントランス上部 浮彫
羊の頭、魚やホタテ貝など海の幸・山の幸にちなんだテラコッタ装飾が彩る正面玄関。
東華菜館 - タコの浮彫
一歩入ると、ホタテやタコが出迎える。シンプルな直線と曲線を組み合わせた天井や梁などの装飾も、クラシカルで美しい。
東華菜館 - 4階
大きな窓から光をふんだんに取り入れた4階客室。予約なしでも利用できる。
東華菜館 - 2階 個室
室内装飾や調度が部屋ごとに異なる個室は、コース料理(5000円~)を予約すると利用できる。当日予約も可。
日本最古の手動式エレベーターに乗り、紳士淑女になった気分を味わう

1924年にアメリカで製造、輸入されたオーチス社製のエレベーターは、現存する日本最古のものです。階数を表示するフロアインジケーターは半円形のアナログ時計式。フロアごとに天井の高さが異なるため、数字の間隔が均一ではありません。

東華菜館 - フロアインジケーター

東華菜館 - エレベーター外観 1階
ガラスに金網が入った外扉と蛇腹式の内扉を、運転手が手で開閉する。
東華菜館 - エレベーター内部
エレベーターの内部。昇降は運転手が手動で行う。
宮廷料理として発展した北京料理を味わう

当初、この建物は西洋料理店「矢尾政」のビアレストランでしたが、戦時色が深まるにつれ存続が難しくなり閉店。山東料理を修得して来日した中国人の于永善によって、1945年末に北京料理店「東華菜館」が誕生しました。

東華菜館 - エントランス

山東料理は、北京料理の原点とも言えるものです。明朝・清朝の時代、山東省などで乾燥したフカヒレ・干しアワビ等の食材や調味料が皇帝に献上されるようになりました。そして山東地方の調理師達が北京に招かれ、宮廷料理として北京料理を発展させたのです。

東華菜館 - 酢豚
一品料理を組み合わせて気軽にリーズナブルに楽しむこともできる。
酢豚 1,500円
東華菜館 - 春巻き
卵を多く使った皮が老若男女に愛される
春巻き 1,500円

流行にとらわれない本格的北京料理。その風味は塩味ベースの比較的あっさりした親しみやすいもので、親子3代にわたるファンも少なくありません。

日本を愛した建築家が生涯唯一手がけたレストラン

1905年にアメリカから来日したヴォーリズは、キリスト教精神に基づいて結核療養所の開設、学校教育などの社会貢献活動を続けました。これらを経済的に支えるべく、建築設計会社や現在の近江兄弟社を設立しました。

東華菜館 - 1階 長椅子
建物に合わせてヴォーリズが設計した調度品や花台も残っており、訪れる人をあたたかく迎える。

太平洋戦争を前に多くの外国人が日本を離れるなか、ヴォーリズは日本に帰化。夫人の姓をとって一柳米来留(ひとつやなぎめれる)と改名しました。「アメリカより来りて日本に留まる」という名前の通り、83歳の生涯を終えるまで愛する家族と日本で過ごしました。

東華菜館 - 屋上の塔
屋上にある塔屋は、エレベーターの機械室。

ヴォーリズは建築を、キリスト教の隣人愛精神の表現と捉えていました。依頼者の求めに応える奉仕の精神をもって、京都の御幸町教会や滋賀県の豊郷小学校など全国で1500棟を超える建物を設計。東華菜館は、ヴォーリズが生涯で唯一手がけたレストラン建築です。

基本情報

この記事を書いた人

Miki
緑と海が好き、身体を動かすことが好き、食べることが大好き、食欲もりもり天然人。