「祇園祭」~きほんのおさらい~

第1回:いろいろな「稚児」

2015-06-12

祇園祭は7月1日の「切符(きっぷ)入り」から31日の「疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)」まで1カ月間続くお祭りですが、その準備が少しずつ始まっています。

そこで、7月末までの約1カ月半、リアルタイムな鉾町の様子と、祇園祭にまつわるあれこれをお伝えしていきます。

祇園祭・月鉾
巡行前日の月鉾。以下の写真はすべて昨年のもの

 

祇園祭のシンボル的存在「長刀鉾稚児」

山鉾にのる唯一の「生き稚児」である長刀鉾の稚児は、7月17日の前祭の巡行の日、四条麩屋町に張られた斎竹(いみだけ)の注連縄を切って祭りの始まりを告げる大事な役割を担います。稚児が発表されるのは、6月上旬頃。祇園祭が近づいてきたなと心がそわそわしはじめるニュースです。

今では町内以外から選ばれることがほとんどですが、その場合は祭りの期間中、町と養子縁組を行なって氏子となり、町内の行事への参加資格を得ます。

祇園祭・月鉾稚児
月鉾には、明治45年(1912)以来、於菟麿(おとまろ)がのる。

 

そして7月1日、長刀鉾の稚児と禿、長刀鉾町の役員が八坂神社にお参りし、祭りの無事を祈る「お千度の儀」が行なわれます。

稚児にふさわしい身分として正五位少将の位を授けてもらうのが13日の「社参の儀」で、「お位もらい」とも呼ばれます。

稚児はこの日より神の使いとして精進潔斎が必要となり、食事の準備や着付けなど身の回りの世話は父親など男性の役割に。地面に足をつけるのも避けなくてはならないため、必要があるときは強力(ごうりき)の肩に担がれることになります。

祇園祭・大船鉾
船鉾は、鉾の中で唯一、稚児をのせない。〈2014年に復興された大船鉾ものせていない〉

 

神そのものとなる「久世駒形稚児」

祇園祭の「稚児」は、長刀鉾だけではありません。綾傘鉾の稚児も生き稚児ですが、台車の上に大きな傘をのせた古い形式の鉾なので、稚児は歩いて先導します。

初めて稚児を人形にしたのは函谷鉾で、天保13年(1839)のこと。当初乗る予定だった一条実良をモデルとし、嘉多丸(かたまる)と名づけられています。放下鉾のように、稚児舞を披露する人形もいます。

人形とはいえれっきとした稚児なので、それぞれ名前やモデルがあり、表情や体格などもリアル。観覧の際は、見比べてみてください。

祇園祭・綾傘鉾
綾傘鉾の稚児は6人。長刀鉾の稚児より少し幼い5~6歳の男の子が務める。

 

そして、祭りにとってもう一つの重要な稚児が、7月17日と24日の夕方、神輿の渡御の先導を務める「久世駒形稚児」。八坂神社の祭神であるスサノオノミコトの荒御魂(あらみたま・荒ぶる心)を祀る、南区久世にある綾戸國中(あやとくなか)神社の稚児です。

綾戸國中神社のご神体である馬の頭をかたどった彫刻(駒形)を胸にかけることから「駒形稚児」と呼ばれ、この駒形は神そのものであるため、駒形をかけたときから久世駒形稚児は神そのものとみなされます。そのため稚児社参の際も唯一、騎馬のまま本殿まで参拝することを許されているのです。


●行事の予定(いずれも八坂神社にて)

  • 7月 1日10:00~ 長刀鉾町お千度
  • 7月 7日14:30~ 綾傘鉾稚児社参
  • 7月13日11:00~ 長刀鉾稚児社参
  • 7月13日14:00~ 久世稚児社参

 

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