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千代の古道EC

王朝歌人が歌に詠んだ千代の古道(2)

平安時代に貴族たちが、狩りや宴のために嵯峨野へ通ったとされる千代の古道(ふるみち)。推定される道筋に建てられた道標をたどり、昔の姿に思いを馳せつつウォーキングを楽しみましょう。

貴族たちが遊んだ嵯峨野を歩く

渡来人の秦(はた)氏が開墾し、本拠地の一つとした嵯峨野。平安時代には貴族の遊行の地として、多くの別荘が建てられました。現在、地名に嵯峨野を冠する地域は広範囲にわたっていて、主に住宅地になっています。何気ない住宅地に点在する、歴史を伝えるスポットを訪ね歩いてみましょう。

千代の古道1
嵐電の有栖川駅の南、三条通のスーパーの角にある千代の古道の道標。側面には、貞信公の「小倉山みねのもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ」が刻まれている。
千代の古道2
三条通に面して建つ斎宮神社。伊勢神宮に仕える斎宮が、有栖川の川辺に建てた野宮が起こり。
千代の古道3
斎宮神社境内には、神殿之旧地と刻まれた碑があり、かつて斎宮が精進潔斎をした旧跡であることを示している。
地名に見る千代の古道の面影

三条通のスーパー横の道標から、さらに南へ歩いてみましょう。道標が点在する道は、西高瀬川、続いて有栖川を渡ります。この西高瀬川と有栖川は、立体交差することでひそかに有名です。西高瀬川を渡ってから有栖川を渡るまでの間には、嵯峨野千代ノ道町という地名があります。ここには千代の古道古墳があり、千代の古道の痕跡を感じさせます。

千代の古道4
手前に流れるのが有栖川で、奥から流れてくるのが西高瀬川。サイフォンの原理を利用し、有栖川の下を西高瀬川がくぐっている。
千代の古道5
嵯峨野千代ノ道町の道標。天智天皇の「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつゝ」が刻まれている。
千代の古道6
有栖川にかかる高田橋を渡ってすぐの畑の中にある道標。清少納言の「夜をこめて鳥のそらねハはかるともよに逢坂の関はゆるさじ」が刻まれている。
古い町並みを楽しむ

高田橋を渡ってしばらくは、細い道沿いに趣のある民家が建ち並んでいます。白壁の塀や蔵、屋根に煙出しを備えた重厚な構えの邸宅が多く残り、まるでタイムスリップしたかのよう。やがて道は梅津地域に入り、手描きの千代の古道道標に従うと梅宮大社の横に出ます。千代の古道の道標が建つのはここまで。王朝歌人の歌と、趣のある風景を楽しむ旅も終わりです。

千代の古道7
立派な邸宅が建ち並ぶ嵯峨野高田町。時代を感じさせる、趣のある町並みだ。
千代の古道8
嵯峨野高田町にも千代の古道の道標が建つ。側面は紫式部の「めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬまに雲がくれにし夜半の月かげ」。
千代の古道9
梅宮大社横の道標。源経信の「夕されば門田の稲葉おとづれて葦のまろやに秋風ぞ吹く」が刻まれる。横には松尾大社と嵐山を示す道標が建つ。

基本情報

  • 施設名
    千代の古道道標
    住所
    京都市右京区嵯峨野宮ノ元町55-4
  • 寺社名
    斎宮神社
    住所
    京都市右京区嵯峨野宮ノ元町34
    電話番号
    075-871-5016(松尾大社)
  • 施設名
    有栖川と西高瀬川の交差
    住所
    京都市右京区嵯峨野内田町
  • 施設名
    千代の古道道標
    住所
    京都市右京区嵯峨野千代ノ道町14-3
  • 施設名
    千代の古道道標
    住所
    京都市右京区嵯峨野内田町
  • 施設名
    千代の古道道標
    住所
    京都市右京区嵯峨野高田町
  • 施設名
    千代の古道道標
    住所
    京都市右京区梅津前田町

この記事を書いた人

にっしー
音楽と文学をこよなく愛する関西人。母なる琵琶湖のほとりで生まれ育ち、京都に移り住んで十数年。バス停で困っている修学旅行生に道案内をするのが趣味。