紅葉の美しい名刹、東福寺。約2,000本の青もみじが初夏の光と風にそよぐ様子はすがすがしく、心が洗われるようです。この時期は混雑もなく、静かにゆっくりと散策できました。
東福寺三名橋から紅葉の渓谷を望む
東福寺三名橋とは、紅葉の渓谷「洗玉澗(せんぎょくかん)」にかかる3つの橋のこと。簡素にして端正、禅僧のように凛とした美しい橋です。
![本山の塀の外にあり塔頭を結ぶ臥雲橋(がうんきょう)。近隣の人々にとって生活道路でもある。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/910afb62bfec77ec1119a69f78a6708d.jpg)
![青もみじの海に、通天橋が浮かんでいるように見える。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/9d188e1d6dc6d059a7bf483e4a119fb9.jpg)
![本堂と開山堂を結ぶ通天橋。渓谷を渡る労苦から僧を救うため、天授6(1380)年に春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が架けたという。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/fad73aff01c415dd7ee184b619f0f576.jpg)
![現在の通天橋は、昭和34年に台風で倒壊したあと再建されたもの。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/5ca9e50a76c8f987e8f6d89593f61849.jpg)
![通天橋を渡ると、洗玉澗に降りることができる。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/3e317992dfe945a2a8a3c9352631637f.jpg)
![木漏れ日が、青もみじの色に染まる。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/b661d6bb215e2d4c5a66e2efed1eaa4d.jpg)
![葉先が3つに分かれ、秋には黄金色に染まる「通天紅葉」。開山の聖一国師が宋から伝えた唐楓といわれている。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/0bb2dad108f51e08cef3410f517d8e8d.jpg)
![通常は非公開の塔頭へと通じる偃月橋(えんげつきょう)。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/685ec9c6c0cb5476ef4e3c7e5dab4ce3.jpg)
![1603(慶長8)年に建てられた木造橋廊で、重要文化財。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/1e1528c0fe0d1129dd2711a4be429f52.jpg)
![日本百名橋のひとつでもある。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/d36a16c9b8e463ef376fe6a25714485f.jpg)
悟りの世界へ至る門
南北朝の頃に建てられた三門は、禅宗の寺院としては最古かつ最大で、国宝に指定されています。空門・無相門・無作門の三境地を経て悟りの世界へ至る門「三解脱門」にちなんで「三門」と表記。楼上内部には宝冠釈迦如来などが安置され、明兆や弟子による極彩画が描かれています。
![室町幕府第4代将軍・足利義持による額。「妙雲閣」の「妙」を「玅」という字で代用した。女人禁制という禅の教えに基づき、女偏を避けたという。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/dd08b0496218ee51f09fcbe8fa0f7b39.jpg)
生活のすべてが修行
東福寺は、臨済宗東福寺派の大本山。鎌倉時代はじめの1236年、藤原道家が「奈良の東大寺や興福寺と並ぶ大寺院を京都に建立したい」と発願したことから「東福寺」と名付けられました。禅宗では生活のすべてが修行とされ、用便や入浴などにも細かい作法がありました。
![東大寺の湯屋に次いで古い浴室は重要文化財。貴重な水を節約するため蒸し風呂形式だった。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/bd804f8945d1205c3935cf89019c9a99.jpg)
東福寺には、現存する最古の東司(お手洗い)があります。多くの僧が一斉に用を足したことから「百雪隠(ひゃくせっちん)」とも呼ばれました。室町時代前期に建立され、明治維新の頃まで使われた東司は、重要文化財に指定されています。
![内部は、中央通路をはさんで左右両側に円筒の壺を埋めたもの。](https://kyototwo.jp/wp-content/uploads/2016/06/768b4c83039de6adbb265f22ad4da32b.jpg)
東福寺には桜が1本もありません。東福寺の僧で水墨画の開祖とも呼ばれる明兆の「大涅槃図」が足利義持の目にとまって絵のほうびを尋ねられたとき、明兆は「修行の妨げになる」と桜の伐採を願ったと伝えられています。
「一時坐禅すれば 一時の仏なり
一日坐禅すれば 一日の仏なり
一生坐禅すれば 一生の仏なり」 (東福寺の開山 聖一国師のことば)